講座詳細情報
申し込み締切日:2010-12-11 / 英語(中級~) / 学内講座コード:102F-30
轍 日系女性移民の足跡 −Come See the Paradise−
開催日 |
10月23日(土)~12月11日(土)・全6回 | 講座回数 |
6 | ||
時間 |
10:40~12:10 | 講座区分 |
後期 | ||
入学金 |
なし | 受講料 |
7,500円 | 定員 |
20 |
その他 |
梅花学園生涯学習センター公開講座は、会員制となっております。公開講座を受講される場合は、ご入会の必要がございます。 【申し込み受付開始】 会員:8月24日(火)午前9時より、 新規一般:8月27日(金)午前9時より |
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補足 |
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※この講座の申し込みは既に締め切りました。
講座詳細
ハワイは私たちにとって憧れの地であり、南海のパラダイスとも呼ばれます。
しかしそこには、日本から渡って行った先達の厳しい環境下での筆舌に尽くしがたい苦労が隠れています。
その過酷な歴史を紐解き、現在の華やかなハワイを違った点から見る「大人の修学旅行」をシュミレーションしてみませんか?
1 10月23日(土) イントロダクション
「東京都ワイキキ区」と呼ぶ人さえいます。それほど、私たちには身近な観光地ハワイ。
しかし、そこへいたる過酷な日系人の歴史は余り知られていないと思います。
第1回目はハワイへの移民が始まった明治維新の頃から現代までを概観し、移民が増える1900年前後まで歴史を振り返ります。
2 10月30日(土) ピクチャーブライドとは何か
写真一枚で将来を決め、まだ見ぬ夫の元へ一人ハワイへ向かった女性たち。
たどり着いてみれば、サトウキビ畑での労働、育ったところとはまったく違った環境と、予想をはるかに超える厳しい現実が待っていました。
その現実におしつぶされそうになりながら生きてきた人たちです。
その足跡を見てみましょう。
3 11月20日(土) 真珠湾攻撃
アメリカ時間1941年12月7日。
この攻撃で、その国籍を問わずアメリカに住む人たちの生活が前日とは大きく変ってしまいます。
そして、日系人にとってはさらに過酷な生活が待っていました。アメリカ本土では、合衆国史上の汚点と呼ばれる「強制収容所」を経験していくことになります。
それは人種差別が根底にあることは否定できません。
その体験を知ることは我々にとっても大切なことでしょう。
4 11月27日(土) 日系人部隊442連隊
日系二世のアメリカ合衆国に対する忠誠心を示すには、ただ戦場へ向かうしかありませんでした。
戦場という究極の場所においても、日系人に対する偏見差別を避けることはできませんでした。
トルーマン大統領の「諸君は偏見に対する戦いにも、民主主義を守る戦いにも勝利した」と言う言葉を聞くために、どのような戦いがあったのかを見てみましょう。
5 12月 4日(土) 戦争は終わったけれど
強制収容所の生活から自由の身になっても、以前住んでいたところへ戻ることはなかなか叶いません。
442連隊があれだけの功績を残したというのに、まだまだ偏見を拭い去ることなど容易なことではなかったようです。
しかし日本へやってきたアメリカ兵たちは日本の女性の素晴らしさを知ることとなります。
1950年代のアメリカ本土での日系人の生活環境と、「戦争花嫁」と呼ばれる人たちの歴史を振り返りましょう。
6 12月11日(土) 日本から出た女性たち(まとめ)
日本から出た女性たちは3つの世代に分けることが可能です。
それは、ピクチャーブライドとしての移民の世代、戦争花嫁としての移民の時代、そして自分探しの移民世代です。
この3世代を詳細に見てみましょう。
しかしそこには、日本から渡って行った先達の厳しい環境下での筆舌に尽くしがたい苦労が隠れています。
その過酷な歴史を紐解き、現在の華やかなハワイを違った点から見る「大人の修学旅行」をシュミレーションしてみませんか?
1 10月23日(土) イントロダクション
「東京都ワイキキ区」と呼ぶ人さえいます。それほど、私たちには身近な観光地ハワイ。
しかし、そこへいたる過酷な日系人の歴史は余り知られていないと思います。
第1回目はハワイへの移民が始まった明治維新の頃から現代までを概観し、移民が増える1900年前後まで歴史を振り返ります。
2 10月30日(土) ピクチャーブライドとは何か
写真一枚で将来を決め、まだ見ぬ夫の元へ一人ハワイへ向かった女性たち。
たどり着いてみれば、サトウキビ畑での労働、育ったところとはまったく違った環境と、予想をはるかに超える厳しい現実が待っていました。
その現実におしつぶされそうになりながら生きてきた人たちです。
その足跡を見てみましょう。
3 11月20日(土) 真珠湾攻撃
アメリカ時間1941年12月7日。
この攻撃で、その国籍を問わずアメリカに住む人たちの生活が前日とは大きく変ってしまいます。
そして、日系人にとってはさらに過酷な生活が待っていました。アメリカ本土では、合衆国史上の汚点と呼ばれる「強制収容所」を経験していくことになります。
それは人種差別が根底にあることは否定できません。
その体験を知ることは我々にとっても大切なことでしょう。
4 11月27日(土) 日系人部隊442連隊
日系二世のアメリカ合衆国に対する忠誠心を示すには、ただ戦場へ向かうしかありませんでした。
戦場という究極の場所においても、日系人に対する偏見差別を避けることはできませんでした。
トルーマン大統領の「諸君は偏見に対する戦いにも、民主主義を守る戦いにも勝利した」と言う言葉を聞くために、どのような戦いがあったのかを見てみましょう。
5 12月 4日(土) 戦争は終わったけれど
強制収容所の生活から自由の身になっても、以前住んでいたところへ戻ることはなかなか叶いません。
442連隊があれだけの功績を残したというのに、まだまだ偏見を拭い去ることなど容易なことではなかったようです。
しかし日本へやってきたアメリカ兵たちは日本の女性の素晴らしさを知ることとなります。
1950年代のアメリカ本土での日系人の生活環境と、「戦争花嫁」と呼ばれる人たちの歴史を振り返りましょう。
6 12月11日(土) 日本から出た女性たち(まとめ)
日本から出た女性たちは3つの世代に分けることが可能です。
それは、ピクチャーブライドとしての移民の世代、戦争花嫁としての移民の時代、そして自分探しの移民世代です。
この3世代を詳細に見てみましょう。
備考
教 材 プリントを配布します。
英語のレベル 指定なし
※ 日程が変則的になっておりますので十分にご確認ください。
英語のレベル 指定なし
※ 日程が変則的になっておりますので十分にご確認ください。
講師陣
名前 |
尼崎 豊志夫 |
肩書き |
短期大学部 英語コミュニケーション学科 准教授 |
プロフィール |
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